普通の裂け目・9「桧埜ー!」帰りの電車に空席を見つけ ふぅっ、と、腰を落ち着けた時だった。 なにやら前方から、聞き覚えのある声が 自分を呼んでいるのに気が付いた。 顔を上げると視線を巡らせるまでも無く 声の主が見つかる。 桧埜の視線の先には、懐かしい顔があった。 「希結!」 近江希結。 桧埜の中学校のときの親友だ。 高校は、諸々の事情で別になっていた。 その希結がこちらに向かって 盛んに手を振っている。 「桧埜!今帰り?! ね、私今日1人なんだ。 誰か待ってるってわけじゃないなら、こっち来て一緒に座らない?」 そういって、自分の隣の席のシートをポンポン叩いた。 もちろん、そうするつもりだ。 希結の隣に空席を見つけたときから 手は忙しく一旦置いた荷物をかき集めている。 しかし、その日の桧埜の荷物はやたら多く、もたもたしていると 嬉しそうに、希結がこちらにやってきた。 「うわぁ、荷物多! 見てよ、アタシなんか、荷物これだけ! 大変だねぇ、お勉強学校は…」 そう言いながら、片手に下げた可愛らしいバックを 持ち上げて見せて、からりと笑う。 桧埜は心が軽くなるのを覚えた。 あまり人付き合いが上手くなく 一緒にいて心からホッとする相手の少ない桧埜にとって 希結は唯一無二といっても過言で無いほどの親友だ。 そこまで学区の広くない中学校出身なので 希結とは降りる駅は同じだ。 電車から降りると、どちらから言い出すでもなく 2人で駅のベンチに腰掛ける。 いろんな話をした。 2人の通うそれぞれの学校に 2人の通っていた中学校の出身者は少なかった。 必然的に話は、中学校の同級生より お互いの学校の校風についてになる。 桧埜は心が痛むのを覚えた。 希結は知らないはずだ。 桧埜が教室へ行っていない事。 桧埜は、時々やってくる同級生から聞いた話をもとに 適当に話をあわせた。 ある程度嘘をついてきた桧埜だが できる事なら、希結には嘘をつきたくなかった。 けれど、どう思うだろうか。 真実を聞いたら、希結は桧埜から離れて行くのではないか。 居心地の良い場所を失うのではないか。 そう思うと 怖かった。 どうしようもなく怖くて 震えが止まらなかった。 翌日、桧埜はずっと体調が悪かった。 昨日、希結と嘘てんこもりの会話をしたのがいけなかったのかもしれない。 「桧埜?どしたん?」 ふいに自分の名前を呼ばれて、反射的に 「希結、ごめん!」と言いそうになった。 喉まで出掛かったその言葉を慌てて呑み込み 代わりに自分の名前を呼んだ人の名を口にした。 「―詩夷…」 「さっきから、本のページ、全然進んで無いじゃん。 具合でも悪いの?」 まぁ、私じゃあるまいし、と呟く詩夷をぼんやりと見ながら 「うん…大丈夫…」 と、喘ぐように答えた。 詩夷との間には、桧埜のなかでなんとなく 赤点以来線を引いていた。 信じていいのか分からなくなっていた。 だけど、と考える。 だけど、自分の現状を知っていて、というか 初対面の印象最悪にもかかわらず 自分を心配してくれる人間なんて、詩夷くらいだ。 普通なら、一気に引いてしまう所を 「同じ境遇の仲間!」 と押してきたのは、詩夷くらいだ。 押しに押した挙句、桧埜の隣にちょこんと座り 隣に居てくれるのは、詩夷くらいだ。 前は、詩夷といるとホッとしていた心は 赤点以来、警戒心へと変わっていった。 疲れていた。 かつて、信じていた人を疑う事は 辛かった。 詩夷のしたことを気のせいにしようとする自分と 詩夷に対して心を完全に閉ざそうとする自分が葛藤を繰り広げる。 面倒臭くなっていたのかもしれない。 葛藤が面倒。 そう思って覗いてみた線の向こう側に居た詩夷は 優しくて、心の底の物を話せる人間に思えた。 そんな人に、線を引く必要はないのではないか。 そう思った。 信じてみよう もう一度。 そう思った。 線はまだ残るけれど もう一度だけ、詩夷に近寄ってみよう。 それがどんな結果を生むかは知らない。 どんな結果を生んでも良い。 そのときは、そのときだ。 そう考えると、妙にさっぱりした気持ちになった。 希結に 大事な親友に 全て話せそうな気がした。 <Production by世古月 柚> ――――言い訳所―――― なんか、今回微妙。 つか、全体的に読み返してみて、希結話いらなくね? と思ってしまった。 ごめんなさい。 遥さん、パス!(あっコラ! |